商号 株式会社 ケイシュウ
所在地 〒110−0015
東京都台東区東上野3−35−9 本池田ビル8階
電話番号 03−5812−4236
代表者 長谷川 康博(代表取締役)
設立 2001年4月
資本金 3,745万円
売上高 2億4,000万円(2018年度)
従業員 22名(女性社員5名)
事業内容 南関東公営競馬専門紙発行(大井、川崎、船橋、浦和)




 戦前、南関東の地方競馬は、東京府の羽田競馬、神奈川県の川崎大師競馬、埼玉県 の大宮競馬の三ヶ所で行われていたが、「ケイシュウNEWS」の創刊はこの当時までさかのぼる。昭和12年「株式会社競馬週報社」創立。当初は週刊の「競馬週報」を発刊、競馬専門紙は「競馬週報」の「競」と「週」をとり「競週ニュース」として翌年13年3月の大宮競馬が第一号である。

 その後、週刊誌、専門紙とも発行を続けるが、戦中は休刊を余儀なくされる。戦後 21年10月に競馬の復活とともに復刊するが、25年に紙不足を補うため、馬事、 政治関係の新聞を発行する「昼夜通信社」と業務提携。そして45年に合併し社名は 「株式会社 昼夜通信啓衆社」と改められた。この間、昭和37年〜38年頃から競 馬ブームがおとずれ、競馬専門紙の売り上げも伸びる時期を迎えたが、当時のオーナーは、いわゆる競馬専門紙の早刷り競走にのらず独自の方針をとり、結果売り上げ 減を招いてしまった。そして47年5月に松岡正雄氏に譲渡された。オーナーが代わってからは、「競週ニュース」から「ケイシュウNEWS」へ、専門紙発刊に全力投球するという経営方針で週刊「競馬週報」の廃刊となった。55年には紙面を一新し、シンボルカラーであるスカイブルーの使用を始める。

 看板予想家として「競馬の神様」大川慶次郎氏を迎えるなどして順調に業績を伸ばしていった。しかし、平成8年辺りからの不況に伴い、競馬人気が下降の一途をたどり、スポーツ紙が競馬欄に力を入れ始めるようになると売り上げに大きな影響を及ぼした。平成13年3月に新会社株式会社ケイシュウ(長谷川康博代表)に営業権を譲渡し中央版を休刊。その当時、好業績を残していた南関東公営版一本に専念することを決意した。その後、吉羽孝を中心としたスタッフが「ファンの皆様に競馬を楽しんで頂く」新聞作りを目指し、その結果、南関東4競馬場や他地区場外馬券売場で売り上げを伸ばし、業績も回復した。また、地方競馬場が次々と廃止される中、南関東4 競馬場は場外馬券売場を増やし、全国的に発売するようになった。それに伴い当社の市場も拡大した。インターネットの普及とともに紙媒体が衰退していく中でも、ネット新聞やコンビニエンスストアのマルチコピー機によるコンテンツプリントの販売など新たな売上を構築して業績を支えている。現在は従来の競馬専門紙の形にとらわれず、時代のニーズに応えられる競馬情報を発信して一人でも多くのファンの獲得を目指している。